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「あんな事があったね」と笑い合えたら

門出を祝うには少しだけ時間がかかりそうだ

おばあちゃんはいつも笑っていた。
いつも本当に笑顔で、優しい。
私が高校生になる前までは、白髪染めを使って
Leonardのスカーフをいつも身に纏って
必ず真っ赤な紅をさしていた。
それはもう、いつディナーの予定が入っても問題ないくらいのお洒落さだった。
CHANELの5番の香水をいつもつけていた。
Leonardは、私が買うようなブランドではない。調べてみると一着数十万はする。
派手なヒョウ柄や、草花のイラストが多く、
コントラストがはっきりしていて、原色が多い。サラサラで、絹のような触り心地だ。
おばあちゃんは、いつもサラサラで絹のような肌だった。

頑固者のお爺ちゃんが5年ほど前に亡くなってから
父はお婆ちゃんの家に週に2回泊まるようになった。「私も貴方を追いかけて早く死ぬ」
そういうお婆ちゃんに、そんなこと言わないで、と声をかけに私は会いに行った。

お婆ちゃんは、たまに私の携帯に電話をかけてくれる。

ーーーーー栞ちゃん、げんきですか?おばあちゃんです。
しごと、いそがしいですか?からだにきをつけてね、またあいにきてね。ありがとさん。ーーーーーー

一方的にお婆ちゃんが喋って、電話が切られる。

父の車の中で、最近流行りの曲が流れると
手を叩いて全く取れてないリズムを取ろうとする。可愛い。お婆ちゃんの頭の中では、ノリノリなんだろう。

そんなお婆ちゃんは、最近、リウマチで
腰がずっと痛いようで、医者から処方された薬を1日3回飲んでいるらしいけど
それでも痛いから、強めの頓服を飲む時もあるみたい。
強めの薬を飲むと、痛みは引くようだが、
意識が無くなるようにコテっと寝てしまうらしい。
リウマチになる少し前に脳梗塞で一度倒れ、コロナ禍は入院していたので面会ができなかった。その後遺症か、左半分が今は麻痺して思うように動かないので
お婆ちゃんの家の中はバリアフリーの手摺だらけだ。

私は、お婆ちゃんを苦しめる痛みから解放したいと思った。神様に、祈る。
どうかお婆ちゃんを苦しませないで。と




今日、弟の結婚式前撮りがあった。
本当は元々出勤日だったけれど、2週間前に急遽母に今日のことを言われたので(何で前々に教えてくれなかったのか…)休みを取った。

お婆ちゃんは、最近ワガママ?になってきてるらしく
腰が痛いから家に来て欲しい、とか、
これが食べたいから今すぐ持ってきて欲しいとか、父が工場で勤務中にも関わらず電話で呼び出すらしい。
今日も前撮りの最中に電話が父にかかってきてて、父は代わりに看護師さんを家に向かわせたらしい。

こういう日は重なるんだ、と父が言った。
新しい家族が増える、でもお婆ちゃんはもう長くないから、会えるうちに会っておけと。



私は、今まで、家族があんまり好きではなかった。いや今も大好きなわけではない。
でも、心の底からやはり大切。
一人暮らしを始めた理由は、自立したかったから。勿論後悔はない。でも、この連休に実家に帰ってきて、本当に私はこの家庭で育てられて幸せ者なのだなと再確認した。
幸せ者なのだ。

お婆ちゃんは、必ず会う度に「ほんの気持ちなのよ」と言って私に万単位のお小遣いを渡してくれる。
30にもなって、これを受け取るのは恥じなければいけない事だと思いながら、でも、これはお婆ちゃんの気持ちなのだから、ありがたい感謝の気持ちで(申し訳ない気持ちではなく)受け取るのが正しいんだと思うようにしている。

お婆ちゃんの手は、冷たかった。
皮膚はカサカサで、指先は切れて、絆創膏が何枚も貼られていた。
私はその手を取って、ハンドクリームとワセリンを塗ってあげた。
「腰痛いかもしれないけれど、きっと大丈夫だから」根拠もない大丈夫しか言えなかった。
今日、弟と弟の嫁ちゃんの前撮りをしてきた話もして、写真を見せてあげた。
お婆ちゃんは、私のスマホを、虫眼鏡で覗いて見ていた。

お婆ちゃんは、泣いていた。
泣かないで欲しい。嬉しくて、泣いちゃったんだろうか。
泣いてるお婆ちゃんを見て、どうして良いかわからないから、兎に角ずっと喋っていた。
お婆ちゃんは、絹の様な白髪になった。
全部の髪の毛が白髪になるのは、結構難しいらしいが、お婆ちゃんの白髪はサラサラでフワフワで、私はお婆ちゃんが昔溺愛していたLeonardの絹のスカーフを思い出した。

お婆ちゃんの抜けた白髪が、カーディガンに5本ほど付いていたので、それをそっと指でとって、自分のカードケースに入れた。
こうしておくと、お婆ちゃんを側で感じられる気がしたから。

私なりのおまじないよ。
きっと、きっと大丈夫。お婆ちゃんは1人じゃないよ。
今度私の彼氏を連れてくるから、まだ向こうに行かないで。
ボケてきて、私の名前を忘れてしまいがちだけど、私はお婆ちゃんを忘れてないよ。





明日は、弟と2人で遊びに行く。飲みにゆく。
いろんな話を聞きたい。
私は自分の家族をもっと、ゆっくり愛していかないといけない。


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